日本海海戦という開戦史上記録に残る大海戦があった。ときは1905年5月27日です。対するは連合艦隊vsロシアのバルチック艦隊。明治維新が1868年ですから、明治維新から37年しかたっていない東洋の小国が、大国ロシアと戦争をすることになった。この辺りは司馬遼太郎の「坂の上の雲」に詳しい。バルチック艦隊はバルト海を支配していた艦隊です。それが、はるかアフリカの喜望峰を回り、マダガスカル、インドネシアを経て対馬沖で連合艦隊と激突した。結果は連合艦隊の大勝利。これにより東洋のロシア軍は孤立して日本が勝利した戦いです。歴史的な意味としてはナポレオンも退けた軍事大国のロシアが東洋の小国に負けたということ。これによって日本はロシアや列強の支配、植民地化を免れることとなり。逆に世界へ雄飛するきっかけとなった。
日本海海戦図(出所:読売オンライン) ここで連合艦隊司令長官の東郷平八郎はバルチック艦隊の目の前で、大反転、どてっぱらをバルチック艦隊にさらすT字作戦にでた。
よって、先頭の旗艦三笠はバルチック艦隊の標的となって雨あられの砲撃に合う。このとき、当時少尉だった山本五十六は左指2本を失うけがをしている。
しかし反転がおわれば、連合艦隊側のすべての艦の大砲がバルチック艦隊に向けられ、さらに進路をふさがれたバルチック艦隊は大混乱。大敗北を喫した。
その歴史ある三笠が横須賀港にあるとしり、乗船にしようと考えたのです。
駐車場代1時間420円、入場料600円。三笠を見ておきたい。勇気をもって国を守った艦を目に収めたいと考えたのです。
戦艦三笠 佐世保港で大爆発事件を起こし、座礁した三笠を修復していまその姿をみることができます。
自分は海上自衛隊の空母「いずも」と「ひゅうが」に乗船した経験があるので「なんて小さい船だろう」と驚きました。
艦内の様子 左から時計回り。①30cm砲弾(大和は46cm砲)、②射撃の様子、③Z旗「皇国の興廃はこの一戦にあり」という戦いの際の旗。④操舵室、⑤通信室、⑥機雷。
室内の様子 ①世界三大提督(東郷平八郎、ネルソン、ジョン・ポール・ジョーンズ)、世界の歴史教科書でてくる。教えないのは日本だけ。②天皇陛下の御真影。船が沈没するときは命に代えて、この写真を抱えて船を飛び降りる、③長官室。④会議室、⑤トイレと風呂、⑥食堂。
主砲塔 戦艦三笠の主砲塔。前後に二門ずつ。
記念撮影 退艦まえに記念に自撮り。
さあ、まだ9時40分。もういちど立石公園にもどってみよう。10時に天候は回復するはず

山梨県甲府市 吉野聡建築設計室
おはようございます。
日本が、対馬沖で大国ロシアと戦争をすることになり「勝利」しているんですね。
詳細を調べてきます。
きっかけを有難う御座います。.