現在8時、まだ30分くらい時間に余裕がある。仕事は9時、商工会までは5分とかからない。なので久しぶりに東海道金谷宿の石畳を訪ねます。
石畳入り口 以前この石畳入り口付近のenというcafeに撮り馬鹿隊メンバーと来たことがあります。10年ぶりくらい前でした。
あのころはfacebookのなかで交流が広がり、一番盛り上がったころでした。
仁誉地蔵 この日は前々日の七面山登山の影響で太ももに筋肉痛があり。気合を入れて歩く気持ちになれなかったのが残念です。
金谷宿石畳の由来 ここの石畳は、どうやら平成3年に復元されたものらしい。
庚申堂 この庚申堂は江戸時代の大泥棒、日本座衛門が夜な夜な盗み働きをするときに着替えた場所という。
==日本座衛門とは==geminiに聞いてみた。
日本左衛門(にっぽん ざえもん)は、江戸時代中期の延享年間(1740年代)に遠江国(現在の静岡県西部)を中心に東海道一帯を荒らしまわった実在の大盗賊です。本名は濱島庄兵衛(はまじましょうべえ)。歌舞伎の演目『青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなの にしきえ)』、通称『白浪五人男』の首領(かしら)として広く知られています。
●史実における日本左衛門
大規模な盗賊団の結成: 数十人から100人規模の盗賊団(日本左衛門党)を率い、遠江・駿河・三河・尾張などの豪商や庄屋を襲撃しました。火打石の符牒: 襲撃時には火打石の合図を使い、統制の取れた集団行動で掠奪を行いました。逮捕と処刑: 幕府の火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)であった徳山秀栄らに追われ、延享4年(1747年)に京都で逮捕され、江戸・伝馬町の牢屋敷で処刑(獄門)となりました。
●歌舞伎・講談での描かれ方
河竹黙阿弥が手がけた演目『青砥稿花紅彩画(白浪五人男)』では、弁天小僧菊之助・忠信利平・赤星十三郎・南郷力丸をまとめる大盗賊の頭領として描かれます。
名台詞として知られる「稲瀬川勢揃いの場」の名乗りでは、以下のような名台詞を言い放ちます。
「問われて名乗るも憚りながら、問われぬ前にお話し申さん......」
「日本一の盗賊日本左衛門!」

金谷宿石畳 わずか15分~20分の旅でしたが、気分はいっとき江戸時代にさかのぼったかのようでした。この昼でも暗い、暗がりを東海道の旅人は息せき切って、坂を登ったことでしょう。小夜の中山で盗賊に女性が襲われたのもわかるような気がします。

山梨県甲府市 吉野聡建築設計室
おはようございます。
旧東海道の金谷宿石畳の情報を有難う御座います。
時間があったら、是非に歩いてみたい道です。
加藤忠宏から山梨県甲府市 吉野聡建築設計室への返信
おはようございます
結構調べると、各地の面白い歴史があります