富士川でAI普及の旅をして興津までゆく途中の蒲原でランチしました。東海道沿いに興津まで行こうか。それともバイパスに乗ろうかと考えていたところ偶然酒蔵を発見。
神沢川酒造場 です。この神沢川酒造場は正雪という日本酒の名醸造所です。1本東海道とずれるため、また普段バイパスを使うので気が付かなかった。
杉玉 杉玉は酒蔵のひとつのサインボードのようなものです。暖簾もおしゃれですね。スタイリッシュです。時間もまだ1時間くらいアポまであるので入ってみます。
ミニボトルを購入 大酒のみではないので食前酒代わりに購入。店主がちょうど出てきたので「フルーティなのは?」ときくとこれだというおで650円くらいで買いました。
飲むのが楽しみです。
聞くとどうやらこの酒は静岡酵母を使っている。静岡酵母は、静岡県工業技術研究所が開発した、メロンやバナナのようなフルーティーな吟醸香(酢酸イソアミル)と、酸が少なく淡麗でクリアな味わいが特徴のオリジナル清酒酵母です。食事を引き立てる「食中酒」として非常に人気が高く、GI静岡の指定を受けるなど、全国新酒鑑評会でも高い評価を得ている。温暖な静岡でうまい酒が飲めるのはこれがその秘密。
■由比宿と由比正雪
由比正雪は江戸時代初期慶安4年(1651年)4月に幕府へのクーデターを計画("慶安の変"という)し、それが露見。江戸を脱出大阪への道中駿府(静岡市街)の宿で包囲。自害した。
由比正雪は由比宿の染物屋のせがれで、そこから学問を収めて幕府からお誘いが来るまでの軍学者となった。しかし仕官せず、当時失業者としてあふれていた浪人の救済を求めてクーデターを決意したと言われている。
由比正雪(中)tと門弟たち、左から丸橋忠弥(槍の名人)、金井半兵衛(剣豪)、由比正雪(軍学者)、河原十郎兵衛(塩硝蔵下奉行)、吉田勘右衛門(浪人)
由比正雪の首は安倍川でさらし首。丸橋忠弥とその家族、由比正雪の家族は磔の刑。その他は各地で潜伏後切腹した。
正雪が立てた計画は、浪人を集めて久能山を落として駿府城を乗っ取り、江戸では7月29日に塩硝蔵に火をつけ、町にも放火し、登城した御三家や老中の屋敷に矢・鉄砲を射かけるというものだった[wikipedia]。さらに大坂や京都でも騒動を起こすことを準備していた(金井半兵衛と河原十郎兵衛ら)。これを題材とした横山光輝の伊賀の影丸の「由比正雪の巻」がある。結構静岡の三島や丸子などが出てきてこれも面白い。

山梨県甲府市 吉野聡建築設計室
おはようございます。
その地の歴史を知ることで、多くの事が見えてきますね。
だからこそ、歴史の大切さを感じます。
加藤忠宏から山梨県甲府市 吉野聡建築設計室への返信
東海道は歴史街道。多くの日本の歴史を知っています